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「さよなら」を言えないまま永遠の別れをしたことについて心の整理をしたい。

こんにちは。
ともちん@pincky1205です。

今日は、
タイトル少し重めですが、
自分の心の整理のために
書きたいと思います。

コロナ渦での祖母の死

去年5月。
世の中はまだまだ未知のコロナに
警戒しまくっていたとき。

私の祖母が亡くなった。

亡くなる2日ほど前、
テレビ電話で、顔を見て、
少しだけ話した。

その時は、思ったより
しっかり話せていて、
まだまだ元気そうだな!と
少し安心してた。

そんな私に突然、
祖母の死の連絡。

いつかはくることだと
覚悟していたけれど、
そんなに急に。

コロナが落ち着いたら、
リアルでお見舞いに
行くぞ~!
なんて思っていたのに。

お葬式に参列できない問題

そして、お葬式の連絡。
地元は島根県の田舎なので、
田舎に関東の都会から、
こようものなら、
何を言われるかわからない時期。

みんな、明言はしないものの、
やんわり、帰省しなくても
いいんじゃない。と。

私自身も仕方ないと思っていた。
弔辞を送ったものの・・・
それからずっと
なんだかそわそわして。

祖母との思い出

亡くなった祖母は
4人いる祖父母の中で、
もっともお世話になった
祖母だった。

いつも長期休みの時は、
一人で祖母の家にいき、
一緒にお風呂にはいって、
2人でいつも寝ていた。

夜、ベッドに寝転がりながら、
テレビを見させてくれる祖母。

私はその時間が子供ながらに
最高に至福の時間だった。

大きくなってからも、
何かと気にかけてくれ、
いつまでもお小遣いとかくれったけw

顔もすごく良く似ていると
言われていて、
本当に結構な時間を一緒に
過ごした記憶のある祖母だ。

1年経っても未処理の感情

そして、葬式が終わって、
早1年。

私は、祖母の身体に
お別れも言えないまま
1年がたった。

私の最後の記憶は、
テレビ電話で話した
祖母の姿。

今でもちょくちょく祖母が
夢に出てくる。

いつも見る夢は同じ。

私が、祖母の家に行くと、
台所に祖母がいて、
祖母が振り返る。

それを見て、
私がいつも
「お~!おばあちゃん元気そうだね!」
と声をかける。

夢の中の祖母は
私の記憶の中の元気な祖母のままだ。

こんなことを1年も繰り返していて、
やっぱり祖母の死を受け止めきれてないのかな
と思う日が多々ある。

もともと会うことが減っていたため、
突然いなくなったといわれても
実感として全くないことも要因か。

去年の年末に、帰省して、
いなくなった祖母の家に行き、
お墓参りをしてきたが、
それでもまだ私の中に何か
消化しきれていない。

お葬式って、
亡くなった人のためにやるものだと
今まで思っていたけど、

きっと、
本当は、残された人のために
やるものなんだなと
最近実感している。

お葬式の時間を過ごすことによって、
少しずつ自分の中の気持ちを
整理していく。

納得いく形でお別れをして、
心の整理をつけていく。

残された人が区切りをつけるために、
あるのだろう。

でも今回、私は
そのお葬式の場に行くことができず、
いまだになんだか引きずっている。

でもそれも当たり前か。
葬式に行けたか、
行けなかったという問題ではなく、
祖母の存在が大きすぎただけかもしれない。

そんな大切な人がいなくなったのだから、
もしかしたら、お葬式に参列していても
同じ状況だったかもしれない。

でもやっぱり、直接お別れできていたら
違ったかもしれない。

けれど、色々な思いはあるけれど、
直接、「さよなら」
「ありがとう」を伝えることはできなかったけど、
今でもこうして何度も何度も思い出すことが、
祖母にとってはうれしいことなのかもしれない。

なんて図々しい考えだとも思うけれどw

今私にできること

これからも事あるごとに、
何度も何度も、
生きているような気がして、
「あ!違ったんだ!」って思いながら・・・

それがきっと祖母がこの世に
生きた証の
一つとなるんだろう。

というわけで、
無理に整理をつけようとする必要はなくて、
むしろ忘れる必要なんて全くなくて、
ことあるごとに祖母のことを思い出して、
その祖母に恥じない日々を送り続けることで、
おばあちゃん孝行としていきたいと思います。

「おばあちゃん、
今日もあなたの孫は
スーパー元気で、
笑っていますよ。」

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